うめぞーの山登りブログ

山登り大好きオヤジの回顧録です。

山と健康(天狗様)

ドモヽ(*´ω`*))((*´ω`*)ノドモ

ご無沙汰しています。うめぞーです。

西日本が大雨でエラい事になっています。
私の家の辺りもかなり危険でした。
私の家は山のすぐそばにあるのですがこの土地は岩盤が強いそうでおじいちゃんやオヤジが大雨が来てもちょっとやそっとのことではびくともしないと豪語していたのですが・・・・今回は生命の危機を感じました。
近くに川も流れており氾濫寸前でしたし家から100mほど離れたお宅では目の前を土砂が流れてきていてもう少しで甚大な被害に遭われる寸前まで来ていました。
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(家から少し下ったところにある河川です、普段台風でもこんな水かさになったことがありません。)

寝るときがとても怖くて思わず山の神様・天狗様・役行者にお守りくださいとお願いしていました。
おかげで今のところは何とか被害にも遭わず無事に過ごしていますが交通機関がすべて麻痺してしまい脱出不能に陥っていました。
他の地域では甚大な被害に遭われた方が大勢いらっしゃいます。
どうかこれ以上被害が広がらないことを祈りながら今回のテーマをスタートします。

私が天狗様を好きなことは皆さんご存知の通りですがいつも通っている愛宕山は天狗様のお社としても有名で太郎坊天狗という大天狗がいたとの伝承が残っています。
京都は天狗様が意外と有名な場所で鞍馬山には天狗を束ねていたという僧正坊がいたり比叡山には法性坊がいたとの伝承があります。
紀州(今の和歌山)あたりでは空神様と呼ばれ崇拝されています。
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(私が崇拝する空神様=天狗様です。私の持っているむじゃらという図鑑に載っています。)

天狗という名称は元々中国から来たもので本当は流星のことを指していました。
大昔の中国人は流星を凶星(まがつほし)と畏怖したのですが何故か日本では星=天狗という図式は定着せず元々、山を畏怖していたことから山の神=天狗という図式の方が定着したようです。
なので本来は姿かたちの描写は曖昧というか無いに等しかったのですが今日の赤ら顔で鼻が高く背中には大きな羽があり、山伏姿で羽団扇を持っている姿というのは鞍馬寺の護法魔王尊がモデルと言われています。
私自身は山の神様と天狗様を切り分けて考えていますがイメージは天狗様の方がわきやすいです。
おばあちゃんや母が体験した話は姿が見えなかったとのことなので(声のみは聞こえたそうです。)姿はわかりませんが私自身は白い大きなシーツ?を見たことがあります。
それから大人になり山に登るたびに天狗様や山の神様に少しでもふれあいたくて伝承のある山やお像を拝見しに行ったりしています。
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滋賀県の太郎坊山です、山自体が大天狗の名前になっているのはおそらくここだけだと思います。)
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(ポンポン山への途中にある夫婦杉です、ここは天狗の住処だったとの伝承があります。)
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(金勝アルプスにある天狗岩です、ここも天狗の住処だと言われています。)

天狗様は大木や険しい岩場がお好みのようで各都道府県にこのような伝承を持った大杉や巨岩があります。
私も登山をするものとしてこのような場所を拝見するのが楽しみなのですが未来永劫残しておきたい場所でもあります。
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(なかなか珍しいですが天狗の足跡が岩に刻まれています。本当かどうかではなくロマンを感じます。)

私自身山で危険な目にあったことは枚挙に暇がないくらいあります。
一番生命の危機を感じたのは奥穂高を縦走中に重太郎新道あたりで滑落してしまい約15mほど落下しました。
不思議なのはまるでバレリーナのようにくるくると回転しながら落ちたのですが少しも恐怖を感じず何故か助かるという気持ちしかわかなかったことです。
何とか途中にあった棚で引っかかり登山道に復帰できたときに助かったというより守っていただいたという気持ちが強く沸き起こりそこから山の神様や天狗様は絶対にいらっしゃるという気持ちになったことを覚えています。
今ではそこに役行者が加わって苦しい時や体調が悪くて思うように登れないときは「南無神変大菩薩」と3回唱えて加護を得られるようお願いしています。
もちろん無神論者であったのでコレといった気の利いたお経を知らないため、山の神様と天狗様も思い浮かべながら上記の文言を唱えています。
子供の時におばあちゃんと母親に「神様なんているわけないやん、人間は死んだらスイッチが切れるだけや。」
と偉そうに言ったらおばあちゃんは静かに山の神様は絶対に居る、お前にも分かる時がくるといい母も頷いていたことを思い出し今から思えばおばあちゃんも母もたくさん不思議な経験をしたからなんだなと納得できます。
今ではすっかり私自身固く信じて疑いません。
声はお聞きしたことないですが不思議な導きで道迷いから復帰したことは数え切れません。
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(この岩は天狗岩と呼ばれ横から見ると天狗様の横顔に見えるからですがこういう岩も大好きです。)

山へ行くと偶然から天狗様にゆかりのある場所へ行くことがありますが大抵は私自身が前もって調べて行っています。
そういう時の山行は朝からワクワクします。
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(太郎坊宮の駅舎には天狗様のお面が掲げられていました、知らなかったのでとても嬉しかったです。)

もちろん天狗様のお像があるような場所(特に山頂や山深い場所)はガイドブックなどで見かけたら率先して山行のプランに組み込んだりしています。
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(太郎坊宮にある天狗様です。太郎坊宮は天狗様の宝庫のような山です。)
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御嶽山の飛騨頂上にある社の手前に祀られている天狗様です、ここでは山の神様とされています。)
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(犬鳴山の天狗岳にいらっしゃる天狗魔王尊です。このお像にお会いしたくて山行しました。)

上の写真、太郎坊宮と天狗岳はあらかじめいらっしゃることが分かっていたので山行のプランに取り入れたのですが御嶽山の五の池小屋にあることは知らなかったのですごく感動したことを覚えています。
また、冒頭で紹介したとおり天狗様=山の神様が体験できた場所でもあります。
ちなみに三笠山山神と傍らに記載された石碑がありました。
古来より山岳信仰のある山は天狗様=山の神様という図式が多いようです。
前回紹介しましたが天狗岳の天狗魔王尊にお会いするときは道が皆目分からず途方に暮れていたのですが不思議な導きによって無事にお会いすることができました。

年がいったといえばそれまでなのかもしれません。
昔は人間が死ぬときはスイッチを切ったようになると思っていましたし目に見えるものしか信じていませんでした。
もちろん今でも宗教にはある程度の疑問があります。
一生懸命修行されている方を否定する気はありませんが金儲けに走ったような宗教には嫌悪感を持っています。
そういえばオウム事件にも一区切りがつきましたね。
長かったですが色々な方の思いがこの判断に集約されて複雑な気持ちになったシニア世代は多いでしょう。
私は宗教自体に何の思いも興味も未だにありませんが少なくとも山には山のルールがあり、そこには目に見えない不思議な力が存在することも体感しました。
なのでこれからも天狗様や山の神様に少しでもお近づきになるため頑張って山に登りたいと思います。
みなさんも山に登られる際は注意深く周りを見てみてください。
そこには天狗様や山の神様や役行者が皆さんを見守ってくださっています。(お像として具現化されています。)
皆さんが少しでも山の神様や天狗様に興味を持って頂ければ幸いです。
でわでは~~~( ´・ω・`)ノ~バイバイ